Monday, March 30, 2015

中国とアジアと世界と

アジアインフラ銀行に興味あります。

 アジアインフラ銀行に非常な興味を持って、眺めている。ドル決済、ドル金融資本への対抗であるのか?また、中国覇権の台頭を明示しているのか?色々と各国の思惑が巡り、まるで関ヶ原の合戦のようであるが、日本はどうするべきなのかと、戦国時代の合戦を高みの見物をする様子で眺めているのである。

 異例の米国の参加規制令が敷かれる中、次々に雪崩を打ったように、中国へと寝返る姿は、明らかな歴史の転換点をみている気がする。どちらに、民主主義と大義名分があるのか、そんな事は存じません、というように理性は働かない、ただ野望と欲望が入り乱れた打算こそが真実という感じでしょうか。

 報道は様々で、参加した方が良いとか、危険であるから参加しないほうが良いとか、憶測と中国、アメリカの綱引きがあるのと同様に、報道も同じく綱引き合戦である。ただ、確実に言えることは、もう既にアメリカにおける世界コントロールは終焉を迎えたのであろう。学者でも何でもない自分は、何が経済的なリスクで、何が経済的な効果なのかは論じることはできない。但し、日米安保や、対米従属路線は世界的トレンドではないよ、と明らかに明示されてしまった。

 今後、日本が取るべき行動は?私にははっきりした意見はないし、未来を予測するほどの博学も持っていない。但し、一つはっきり言えることは、現在トレンドから外れつつある日本が明確なビジョンが見えてこない事だ。中国覇権主義と称する、反中組織はきっとシルクロード経済圏や、人民元経済圏に対し、恐れを抱く。また、親中論者は現在のトレンドから外れた日本を憂う。いずれにせよ、はっきりと自覚する必要があるのは、既に日本はアジアの盟主ではなく、奢っている場合ではないということ、その立ち位置をしっかりと把握した上で、アジアでどう必要な国家として成るか。ここが、一番重要ではないかと思う。

 時代錯誤の日本回帰運動のような、現政権では対米従属路線を崩さず、古き良き日本を取り戻そうという事でしょうか?

Tuesday, March 24, 2015

What Wonderful World

好きな曲

 1968年にルイ・アームストロングの歌唱でヒットした名曲。僕の大好きな曲で、彼の独特な声が単純な歌詞の簡単な語彙に、何か強い意味を感じさせてくれる。
作詞・作曲はG・ダグラス、ジョージ・デビット・ワイスで、彼らがベトナム戦争を嘆き、平和の世界を夢見て作ったという。その後、映画の挿入歌や、コマーシャル中に使われ、私が知る事となるのだが。

 2014年の調査によると、前年比28%と戦争での死者数を大きく伸ばした。今、現在を憂う人はどの程度いるのだろう、過去に比べ人は物事を言わなくなったのだろうか?それとも、言いづらい環境がそうさせるのか?理想主義的な事をいうと、現実離れしているとの指摘を受け、相手にされないのだろう。

 ヒトラーは選挙によって選ばれている、当時の人々は1929年の世界大恐慌の混乱から新しい改革を求め当時の新しいムーブメントへと投票行動が向かったのだろう。今の現在から思うと、なぜあんな独裁政権が成り立つのか?と疑問を思う人も少なくないだろう、実際その最中の生きている人々は、気づかない。大きな変化は、ときにゆっくりとダイナミックにそして、日常に起こる。

 非日常的に、大きな変化を感じたら、それは違うのだろう。明らかに、ダイナミックに変化している時は、日常が変化していくのであろう、つまり日常、通常、が変化していくから、大きな変化になる。だからこそ、気づかない。
 what a wonderful world には非日常は描かれない、戦場の悲惨さでもなく、日常をゆっくり、しかし、しっかり眺め、素晴らしいと言う。これが、人間の本質であるのに、政治が人の本質から外れてしまった。何が幸せか、すぐそこにあるのに、気づかず、盲目的に人を憎み、他国を憎み、そして勝ち負けをつけるのだ。

I see trees of green, red roses too

I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world

I see skies of blue and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world

The colors of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces of people going by
I see friends shaking hands, saying how do you do
They’re really saying, I love you

I hear babies cry, I watch them grow
They’ll learn much more than I’ll ever know
And I think to myself, what a wonderful world
Yes, I think to myself, what a wonderful world


Sunday, March 22, 2015

ハリルホジッチ

新日本代表監督 ハリルホジッチ氏就任

 新サッカー日本代表監督にハリルホジッチ氏が就任し、先日新日本代表候補の発表が行われた、フィリピンでは、サッカーは決してメジャースポーツではなく、どちらかというと、マイナースポーツである。その為、サッカー観戦が好きな自分としては、サッカー観戦はひたすらYou-Tube に委ねられる。

 インターネット情報で、情報の真偽は不明だが(実際、ハリルホジッチ監督を自分は知りませんでした。)フィジカルコンタクトを重要視をし、とにかく厳しい規律のもと、強靭な精神(粘り強いフィジカル)を求めるとの情報を得た。

 なるほど、国士舘大学出身の私にとっては、強靭な精神と日々の鍛錬とは、何と昔懐かしい響きであろうか、いづれにせよ、さらなる新日本代表の飛躍を期待する。

 ちなみに、私は学生時代は野球部に所属していた、運動神経はそこそこ良く、一番ではなかったが、レギュラーではあった。小学生の頃もひたすら野球に没頭し、中学でも順調に野球部となった。その後、高校生になり、遊びに目覚め、部活動を途中で放棄し、HipHopを好きになり、自称B・BOYとなる。
 この変遷でお気づきになったであろうか?私は人生ほぼ、坊主頭である。野球少年から、B・BOYである、野球帽からベースボールキャップに被り変えただけである。

 私の人生に長髪期間はごく僅かであった、20代後半には既にハゲ始めたのだ、そして現在も坊主である、現在は消極的坊主である、ハゲ頭への他の対処法を知らない、結果坊主となった。

 そして、未だにふと思うことがある、当時私の通っていた小学校には、二つの少年クラブがあった、ひとつは野球で、もう一つはサッカー、どこにでもある普通の小学校である、当時野球のユニフォームに憧れ、野球少年クラブに私は入団した。そこから、私の坊主ヒストリーが始まったのだ。仮に、サッカー少年クラブに入っていたら。。。。。

 中学頃より、ずっと考えている。サッカー部と女子テニス部仲睦まじく、戯れている、横で先輩より支持を受け、えろ本を買いに行った時も、、、。そして、早々とハゲ始め坊主頭でしか、生活がままならなくなった時も、、、なぜサッカー部に、私は入らなかったのか?その、自分自身に対する疑問が、今の私のサッカーファンとしてのモチベーションとなっている。仮に、自分に息子ができたら伝えよう、絶対にサッカー部の方が君のためだよと。

Monday, March 16, 2015

本日の日本のニュース

性能偽装問題

 東洋ゴム工業が製造する免震ゴム偽装問題で、不良品が使われた役所の庁舎12棟のうち、茨城や静岡、岐阜、三重各県の計5棟が16日、新たに分かった。すでに高知や愛媛、大阪、長野各府県の計7棟が判明しており、12棟の庁舎の内訳がわかった。
 
 合計全国に55棟の仕様実績があるようで、問題の製品は建物の基礎部分に使用され、伸縮で地震の揺れを吸収し、建物に伝わりにくくする建築用の免震ゴムである。
 国交省は同社に、所有者へ説明し、設計者らと協力して建物の安全性を調べた上で、改修・報告するよう指示。同社は会見で、担当者によるデータ改ざんの可能性を示唆した。会社側によると、問題の免震ゴム子会社の東洋ゴム化工品が製造、製品評価は工場の課長代理が10年以上にわたり1人で担当していたとする。

 このニュースを耳にし、まず最初に頭に浮かんだのは、当時国会参考人として国会招致を受けている、ヒューザーの小嶋代表で有名になった、姉歯事件が蘇る。当時構造計算書の偽造により、鉄骨量の不足や、耐震構造への不信が問題になり、耐震偽装問題と発展した。その後、建築基準法の改正等の端を発した形になった。結果、会社ぐるみというより、個人が勝手に違法性をしりつつ、顧客満足充実の為、行った事と結論づけられる。

 当時より、建築業界の手抜き工事が話題になっており、まさに顕著な事例としてお茶の間の話題をさらっていったのだ、そして今回の免震ゴム性能偽装問題である。そして、最後の1行、今回も製品評価を一人で担当していた、課長代理に全ての責任問題がいくのであろうか?問題の本質は、過去も現在も何も変わっていない。人に責任を負わせ(実際、当該担当者にも当然責任はあるのだが)本質的な問題はそのままに、会社に、行政に、文化的資質として残り、未来へと繋がっていく。その事に誰も気づかないまま、また繰り返されるのであろう。

 はっきり言うと本当に責任取るべき人間がいるのである。ただ、それだけである。明らかに高給をとり、全ての責任(例え、周知していなくても)を取るべき人間がそこにはいる。ただ、出てこないそれだけである。だから、繰り返す。

 武士道とは、責任ある立場にあるからこそ、言い訳せず、命を捧げる。そういう人間に人はついていき、そういう人間が高給となる。彼らは、命をかけるから周りが納得する。責任とは漠然としている概念である、実際、何か起きたら、誰も責任は取れないというより取り返しはきかない、タイムマシンはないのだから。だからこそ、その時に人前で腹を切れる人間が必要だったのである、現在はそのような気骨のある日本人はいなくなってしまったのであろう。昔風に言うのであれば、保身に走る者ほど意地汚い。
 
 



Thursday, March 12, 2015

アジアインフラ投資銀行

英国が参加表明

 中国が中心になって、提唱しているアジア地域の社会資本に投資すること目的とした銀行。既に27カ国が参加表明しているが、日本、アメリカは参加表明していない。アジア開発銀行が存在するため、根拠が薄いというのが理由である。
  それが、今回英国が参加表明をした、その後日本政府は遺憾の意を表明したらしい。。
日本では、中国人の爆買いが有名になり、いまや中国は世界の中のお金持ち国家になった、貧富の差や、国内情勢の不安定さはあるものの、大きく捉えれば、もはや中国の時代と言って良いだろう。
 
 しかしながら、日本の報道は中国の不安定さや、国内問題の複雑さを報道し、真の姿から目をそらそうと躍起になっている。少し、国外にでれば簡単に理解できるはずだ、今や香港や上海は既に、東京より物価が高く、シンガポールも同様である。いつまでも、アメリカと一緒になって戦争できる国を目指す、前近代的な古い思想で凝り固まっている、現在の政府、安部さん、残念ながら国際感覚が豊かだとは言い難い。

 また、日本の報道が劣化しいくと同様に、国民の教養も同時に劣化していっていると感じる、世界の情勢や、問題の本質を全く知ろうとしないし、探求する事や、発見することを、未知の領域の開拓への不安感のみを煽り、避けている。何がしたいのか、海外から日本の状況を客観的に見ると、未来の見失った国民を扇動している安部さんとしか写らない。その事を、どれだけの日本人(知識人含め)理解しているのだろうか?

 鳩山氏がウクライナへ訪問し、叩かれているが、では誰が正確にウクライナの情報を把握しているのか?報道は?政府は?誰もいない、ただの国家戦略の中でここは、経済制裁だ〜。とか、空爆だ〜。と言っている。Why? The reason?根本は何?
 鳩山さんが素晴らしいとも思わない、但し、本質を理解しようとする姿勢は他の方にあるのか?ないのか?たぶんない。
 
 ネット上では、日本賛美の報道量が多く、中国・韓国に対する批判的報道が主流である、色々な歴史問題に対する言及は避けるが、いずれにせよ経済的には中国やアジア諸国との連携なくして、既に日本は生きられない。日本がアジアのリーダーであった時代は終焉をむかえつつあるのだ。しかしながら、日本の良いところは山ほどある。それをなぜ生かさないのか?ずっと疑問が残っている。

 技術力は建築技術、製造技術、ハイテク技術どれをとっても、世界一であると私は考えている、勤勉な人間性、真面目な性格、なによりも海外で働くと感じる、仕事に対する責任感の強さは、類を見ない国民性だ。(フィリピンでは仕事に思い悩んで自殺等、考えられない。)
 しかし、現在は不安を煽り、海外へ派兵し世界貢献と言っちゃってる。戦争したことない軍隊が、実は日本の特技だったとは思えないし、報道は本来、政府への批判役であるはずが、政府の宣伝屋になっている。

 自分は別に日本は憂う事はしない、はっきり言って政府に何も期待しない、誰も読んでいないだろうから、ショッキングな意見を言えば、北朝鮮を「マンセー」とバカにしていた昔と、同じ感覚で日本政府を眺めてしまう。

Monday, March 9, 2015

TPPについてと安倍さん

環太平洋戦略的経済連携協定

 TPP とはTrans-Pacific Strategic Economic Partnershipの略である、反対、賛成と緒論色々とあり、問題もあるのだろうが、ここでは良い悪いを判断すること避けたいと思う。私は、経済学者でも政治家でもないのでご理解頂きたい。
 本日のニュースで、アメリカの意思統一がまだ、不十分であり、TPP関連法案である、TPA法案がアメリカ議会の議決が5月〜6月頃にずれ込みそうとのYahoo Newsを拝見した。また、Yahoo Newsによると、さらに信任がずれ込んだ場合は、次期政権(オバマではなく)に判断が委ねられ、実際白紙へ(交渉中断)の可能性も出てきたという。
 問題を沢山抱えながらも、勇み足で進めてきた印象のTPP交渉、当然各国の国民は不在のまま誰が、締結を急ぐのか分からないまま、国政情勢は回る。

 ここ、最近ではニュースを眺めても、何も掴めない。かつて、大学受験者などは、社会の時事に興味を持ち、日経新聞や朝日新聞等、各社新聞紙を抱え試験会場に臨んだものだが、今ではマスメディアの劣化は激しく、何の教養も得られず、ただただ、国家の許される範囲での、当たり障りのない不毛なニュースが踊る。
 明らかに、ここ最近で大きく世界情勢が変化しているのを感じる。特に、海外で暮らしていると尚の事である、様々な国の情勢が飛び込んでくるのにも関わらず、日本のニュースは意外に朗らかである。危機感というよりは、何か現実味がないのである。

 ここで、私の持論を披露しよう。たぶん、誰も興味無いブログであるから、良いでしょう。海外に住んでいれば、いるほど日本の凄さを感じる。日本はアジア諸国と比較すれば、完成された国家であるし、技術力、教育(教養)、インフラ、人のモラルと何れをとっても、先進国である。改めて、先人たちへ敬服する。
 ただ、今現在日本は人口減少とともに、経済縮小の分岐点にたち、未来を模索している状況なのであろう、これは日本人として全体の理解であろうと、私は考える。それであれば、現体制は何を目指し、何を新たに日本の産業、または新日本基軸としようと考えているのであろうか?アベノミクスなど、聞こえの良い文言が並び、2014年末に圧勝した安倍政権は、円安誘導、そして安全保障問題と積極的に展開しているように見受けるが、根本的な問題の解決に何も示してくれていない。問題の根源はそこにあるのではないか?と考えてしまう。

 国民不在とはよく言ったもので、まさに国民不在のまま政治が動いているような気がする、それは、日本だけではなく、世界各国がそのような動きに見て取れるのだ。世論という漠然とした総意を作り出し、勝手に動き出す、日本も然り、他国も然り。日本では借金は莫大に膨れ上がり、先進国一のありえないバランスシートを見て平気でいる。商売の基本は信用です。これは、私が新入社員の頃に叩き込まれた、原理原則である、商売の基本は信用なのである。
 つまり、私の持論を展開すれば、信用創出こそが、最も必須の国家戦略であり、国民を騙すような、他国を騙すような、詭弁と広告代理店のように、世論を創出する事は、本当の意味での国家運営ではない。あくまでも、これは手法であり、目的ではないのだ。今の日本経済は、目的を見失い、手法(スキル)のみ行使し、その場をしのごうとするようにしか見えてこない、ただただ、戦争をできる国家にする、これだけが目的意識としてはっきり見えて来るのである。
 
 日本が今後、どうあるべきか?難しい質問であるし、誰もが返答に苦するであろう。上記に述べた、技術力、教育(教養)、インフラ、人のモラル、ここにヒントがあるのでは、ないだろうか?私の、浅はかな知識で、ふと日本を憂うのだ。

Thursday, March 5, 2015

2015年3月6日:金曜日はやはり楽しい

Happy Friday, Oh my GOD!

 毎週、金曜日に当校では、卒業式(Graduation Ceremony)を行う、先日来てくれた生徒さん達がぞくぞくと卒業していく。特に、卒業旅行シーズンも終盤に差し掛かってきた昨今では、特に顕著で、週ごとに学校から人が離れていく。寂しい季節になってきました。
 
 しかしながらも、万国共通で、金曜日もしくは休み前は、わくわくするものです。本日も、また生徒さんが減っていくという、感慨を感じながらも、徐々に思考が今日の夜は、どこに飲みに行こうかなという、ヨコシマな気持ちに変化していく自分を、小馬鹿にしながらも、欲望の渦に落ちていく快感に身を委ねながら、、夜の街に消えていく。

 ふと気づくと、サラリーマン時代の行動と何ら変化していないことに気づく。6時を回れば、どこのお店に今日は顔を出そうかな?と思いを巡らしながら、残業時間をやり過ごし、夜の上野仲町商店街に消えていったあの時と同じである。

 最近は、住む国をいくら変えようとも、基本的な私が変化しなければ、何も変わらないんだなと、改めて実感する。つまり、フィリピンがいかに親日といえども、顔がイケテナイメンでは、もてないし、日本人でも貧乏な日本人は相手にされないのだ。まあ、当然と言えば当然だが、日本では、全くもてなかった私が、フィリピンに来て、突然モテるようにはなる訳がないのである。これは、説明すれば当然の理屈であるが、微かな期待を抱いていた、私にとっては改めて自分の浅はかさを気付かされる。

 ついには、悟りに近い境地になってしまった私にとっては、彼女なんていうのは、それは食べれるのかい?と聞いてしまいそうになるくらい、どこか遠い世界の出来事になってしまった。フィリピンでは、まだまだ近すぎるという訳では、ないであろう。ふと、学生時代のモテ期を思い出す。目を細めても、忌まわしい記憶ばかりである。モテ期はなかった。フィリピンで神様なんかいないとは、恐ろしくて公言できないが(なぜなら80%以上が敬虔なカトリック)、小声で日本語でささやく、神様はいないな。

Tuesday, March 3, 2015

経済動向はどこ吹く風

情報量

 圧倒的に、情報量が少ないフィリピンでも、特に困らず生活ができてしまう。これが、不思議でしょうがない。日本にいた頃は、とにかく経済動向に注視しなければと、先入観のように毎日、日経新聞に目を通し、投資家でもないのに株価から経済動向を予期してみたり、していた。今思えば、情報中毒というか、特に関連性の無い各国の動向に一気一憂していたのだ。でも、今はまるでない。それでも、まるで困らない。

 まず、大きな原因はリーマンショックの影響は大きかった、とにかくアメリカの見ず知らずの人たちの債権が破綻しただけなのに、我々含め、多くのジャパニーズサラリーマンが慌てふためいたのだった。当初計画されていた、年間計画が狂い、営業戦略もグタグタになってしまい、誰も先が読めなくなってしまった。その為、事前に危険を察知しようと、また追い風を捕まえようと、必死で情報を漁るようになってしまったのだ。

 ただ、今振り返ると、否定はしないが、その情報自体の信用性は疑問である。誰も予測できない経済動向を、年始になると各シンクタンクが発表する。それを眺めながら、年間営業計画を策定していく、マクロから落とし込んだ下げ率や上げ率を、自分の顧客マーケットに当て込み、策定していく。しかしである、その数値すら当たっていない、そこから策定した計画等は机上の空論である。それでも、色々なアクシデントの中、荒波の中、ジャパニーズサラリーマンは必死で営業計画の完遂を目指す。何か、けな気である。

 つまり、最初から不確かな、経済動向白書を参考に組み立てた、サラリーマンの営業戦略は、またこれも不確かであるにも関わらず、経営陣は計画書の完遂を必達と言い張るのである。これは、可愛そうである。
 今、私はフィリピンにいる。経済ニュースは垣間見る程度に確認するが、だからと言って一気一憂はしない。必達目標は存在するが、イレギュラーは皆、理解してくれる。居心地が良い、というよりは人間らしい。ミスは起こるし、想定外は存在する。その中で、誰かのせいにして、計画立案の責任を取らせる、そんな責任感とガムシャラに数字と向き合うジャパニーズサラリーマンをまるで、主従関係の頃の武士のように、私は思う。

 最近の日本はどうなのだろう?漠然とした疑問が頭によぎる、今日この頃である。