Monday, July 6, 2015

イスラムとフィリピン

13世紀〜14世紀に普及したイスラム教

 マフドゥム・カリム1380年アラブ系商人としては初めてスールー諸島ホロ島に足を踏み入れ、交易を通じてイスラム教を広めることとなる。
 シェイク・カリマル・マクドゥムモスクは、14世紀ミンダナオ島シムヌルに建立された国内初のモスクであった。その後、マレーシアインドネシアを訪れたアラブ系宣教者が定住することで、イスラム教が一層広まってゆく。初のイスラム王国であるスールー王国が誕生したのはこの時期のことである。その他マギンダナオ王国ラナオ王国がイスラム教国として殷賑を極めた。15世紀までには北部のルソン島や南部のミンダナオ島の半分がボルネオ島の歴代スルターンの支配下に入り、ミンダナオ島民のほとんどがイスラム教に改宗することとなる。

 その後、1521年マゼランが上陸し、スペイン主権を認めるよう、首長ラプ-ラプへ迫るも、暗殺される。(ラプラプは現在でも民族的英雄)1542年には、ビラロボスが率いる、スペインの遠征隊がサマール島とレイテ島に到着し、そしてこれら諸島をフェリペ皇太子(後のフェリペ2世)にちなんで、フィリピン諸島と名づける。 1565年には、レガスピの遠征隊が、セブ島に到着し占領、スペインによる植民地が確立します。レガスピは、諸島に対して、スペインの影響力を拡大していき、1571年にマニラを占領し、統治の中心として中央広場や政庁と大聖堂等、マニラ市を建設しました。人の到来以前から、マニラ周辺の地域には、マレー人の集落があり、中国人などがさかんに来航して交易を行い栄えていました。1572年には、イスラム教のスールー諸島を除いて、全フィリピンがスペインの支配下になります。

 こう歴史の順序を追って記述していくと、面白いのは実はカトリックより以前に根付いていた宗教は、イスラム教であったといっても過言ではないでしょう。厳密にいうと、イスラム教以外にも、仏教、ヒンドゥー教、アニメズム等もあり、他宗教であったとの資料も見て取れます。
 つまり、現在も続く、ミンダナオ島での宗教間紛争には根っこは非常に深い歴史があったわけです。さらに言えば、現在フィリピン政府と中国政府との関係性は、良くないですが、スペイン占領以前より、イスラム、中国との交易は盛んに行われており、現在でも経済的には中国との結びつきは非常に強い国家です。

Monday, June 29, 2015

ボラカイでのサンゴ礁危機的状況

フィリピンニュースより

フィリピン屈指のビーチリゾート、ボラカイ島の環境汚染が深刻化している件に関連し、国際協力機構(JICA)が同島の環境破壊が進んだ場合、同島の海洋生態系が危機的ダメージを受けると警告した。8日付現地メディアが伝えた。フィリピン国統合的沿岸生態系保全・適応管理(CECAM)プロジェクトの一環として、JICAが日比両国の科学者グループと行った5年にわたる調査によると、同島のサンゴ礁生態系が観光関連活動により深刻なダメージを受けていることが判明したという。JICAによると、同島の衛星画像を分析した結果、ボラカイ島のサンゴ礁は1988年から2011年にかけて70.5%減少。特に観光客数が38.4%増加した2008年から2011年の間に著しい減少が認められるという。
(フィリピンニュースより)

私の意見より

どこまでも、透き通るようなスカイブルーの海が続く、フィリピン。数々の島々からなり、有数のビーチが観光客をもてなす、まるで楽園かと思わせるような絶景の海の景色が環境破壊とは別世界かと勘違いさせてしまう。ここ最近では、フィリピン英語留学ブームも手伝い、日本人観光客も増加傾向にある、私が住むセブ島。出来るだけの、多くの方達にセブの魅力を伝えたい、フィリピンの魅力を伝えたいと思うものの、人が集まれば集まるほど、問題が増加していくのは世の常でしょうか。観光客が増加すると、目当てにしていたセブの自然環境を少しづつ傷つける。
「フィリピンは良い国ですか?」漠然とした質問に答えに窮する。犯罪も多く、警察もイマイチ信用ができない、人々は隙あらばお金を欲しがり、多くの人間が貧困層と言われる。かたや物凄いお金持ち、モールオーナーと呼ばれる一部の人たちは高級な外国車を何台も持ち、まるで王族のような暮らしをする。中間層は少なく、その分外国人が中間層代わりの役割を担う、今でも欧米人のリタイヤメントが若いフィリピーナを捕まえて余生を楽しんでいる。
歌うことが好きで、与えることも好き、基本的なカルチャーは"シェア"である。家族の誰か、近所の誰かがお金があれば、食べ物のようにシェアしてしまう。驚く程、平気な顔で「お金くれ」と問いかけてくる。そこに、打算はなく、純粋に無ければ"シェア"する何でも。優しいのか、厚かましいのか、ワガママなのか、怠惰なのか、何とも言えない複雑な感情を日本人であればもってしまうであろう。一言では善悪を言い表すの非常に難しい。
ある友人の話、フィリピンの繁華街で携帯電話をストリートチルドレンにスられた友人がいた。直後に気づいた友人は、即座に少年に駆け寄り、強く腕を押さえつけた。「携帯を返しなさい」彼の願いも頑なに少年は拒んだ為、嫌がる少年を何とか、取り押さえながら警察署まで連れて行った。その後、友人は警察に理由を説明し携帯電話を返却を強く要請すると、「携帯返して欲しければ、500ペソ(約1,500円程度)払いなさい」フィリピン人の警察官が言った。友人は「?」なぜ、窃盗されているのに自分が。。。。そんな、思いを抱えつつ、友人が500ペソ支払い警察官に渡した。すると、警察官が少年に500ペソを渡し、携帯と交換し、そして友人の手元に携帯が返って来たのである。
少年はお金に困っていたのであろう、警察官は事情を何か把握していたのであろう、なぜ何も悪くない友人が一番損をしている結果になっているのか?全てが納得いかないと憤る友人の話を聞きながら、何ともフィリピンぽくて納得してしまう自分がいた。

Monday, June 22, 2015

夏が近づくと

夏休みです。

6月も半ばを過ぎ、当校では今や夏休み期間中の予約の真っ最中というところでしょうか、アコモデーションの部屋もみるみる埋まっていきます。生徒さんも夏へ向けて、毎週増加してきており、日毎に当校が賑やかになっているような気がしてきます。

先日、4日間程、日本へ帰国し免許の更新をおこなってきましたが、久しぶりの日本に改めて感じた事を書いてみようかと思います。

まず、空港に降り立ち、ふと気付いた事は"静けさ"でした、セブのクラクションと人々の喧騒の中で飛び乗った飛行機を降り立つと、非常に静かな印象の日本が、自分を待っていました。ちょうど1年ぶりの帰国、何か変化しているだろうと、何か変化を期待しながら、京成スカイライナーへ乗車。車窓から見える風景は何も変わっておらず、埼玉の実家まで電車に揺られて変化していない事への驚きがありました。

実家の浦和の駅周辺においても、目立った変化はない印象で、少し驚きを欲しているところだったので、若干残念な気分になりました。これがセブであれば、至る所でコンドミニアムの建設予定があり、各種モール建設予定があり、空港の拡張予定があり、と街並みが目まぐるしく変化しているところ、すっかり老練な雰囲気を醸し出してしまっている日本では、どこか諦めに似た街のモードが漂っている気がしたのです。

経済停滞と揶揄されてから既に20年以上、失われた20年という言葉が示す通り変化を欲しながら変化できずにいる日本を見た気がしました。
TVをつけても1年前と同じキャストの面々、TV番組も何年も変わらないどこかで見た内容、当たり障りのない無刺激なコメント、、、、

70年代は、若者が意見し、アバンギャルドが溢れ、未来を夢見ていたが、その後大人になってしまった日本が、未来を悲観し、若者が黙り、ただ責任感が漂う、窓際管理職のような00年代という感じでしょうか。

Tuesday, June 9, 2015

日比接近

アキノ大統領来日

という事で、南沙諸島での中国の現実的脅威に対抗する意味で、中国の力による現状変更への対抗策として、日本へ接近するフィリピン政府。一方、中国政府は対立を煽り立てるとして、フィリピン政府の指摘を牽制する。
 今回の訪問で、アキノ大統領は、例にナチスを挙げ、明らかに中国を意識した発言を行い、中国からの批判を浴びている。一方、日本では中国を否定する報道がメインストリームでなかろうかと思う。
 天皇陛下訪問の際は、戦後70周年の節目に、天皇陛下直々に、大統領へ過去の侵略に対するコメントとして、「私ども日本人が深い痛恨の心と共に長く忘れてはならないことであり、戦後70年を迎える本年、犠牲者へ深く哀悼の意を表します」と述べそれに対し、アキノ大統領が「「過去に経験した痛みや悲劇は、相互尊重や尊厳に根ざした関係構築に努めるという貴国の約束によって癒やされてきました」返答した。

 日本の国会では安全保障法案が、議論されている真っ最中だと思いますが、衆院憲法審査会では当該法案が「違憲」という判断が下されてしまった。私は現在日本にいないので、日本の世論がどういう反応を示しているのかは、定かではないが、私の少ない情報を掻い摘むと、反対意見が多く噴出しているのではないかと想像している。

 G7では、積極的に安倍首相がメルケル首相等と対話を推進するものの、今やG7には「AIIB」参加組がほとんどとなってしまい、日米の対立中国による、世界軸創造には無理が生じつつあり、東アジア(南沙諸島や尖閣諸島問題)の領土問題には訴えたところで、地政学的にあまり関心が向かない。そんな中、実体被害を訴えるフィリピンと日米強化路線により、中国との対立軸を鮮明にする日本とが、利害一致した結果であろう。

 しかし、フィリピンと日本の立ち位置には気をつけなければいけない、フィリピン政府は「AIIB」に参加表明をしているし、詳しく言えばフィリピンと中国は深い関わりがある。チノイと言われる、中華系フィリピン人(華僑)がフィリピン経済を支配していると言っても過言ではないほど、ほとんどのモールオーナーやお金持ちはチノイである。フィリピンは経済的な連携は中国と深めつつ、領土問題等、軍事面で対立する際に、軍事拡大路線を進む日本と連携を模索しているのであろう。

 こう説明していくと、なんともしたたかであり、非常に参考になる立ち居振舞いではなかろうか、決して強国とは言えないフィリピン政府の"上手い"外交ではなかろうか。日本は「ADB」を通し、フィリピン政府へインフラ整備の為、特に公共交通機関の整備へ融資を行うとの情報もある。つまり、フィリピン政府は「AIIB」と天秤にかけ、アジアで存在感を示したい日本は、「AIIB」に対抗しようと必死に「インフラ融資しますよ」と言っている訳だ。

 日本は本当に、今の日米同盟強固路線で良いのだろうか?もう、少し視野を広げ世界を見渡す必要があるのではなかろうか。

Sunday, June 7, 2015

お誕生日

38度目の誕生日

6月7日私の誕生日でした、かといって何かパーティーのような催しもなく、特段何も変わらない日曜日として過ぎたのですが、、、。

 敬虔なカトリックが多いせいでしょうか、とにかく誕生日を祝ったりと、パーティー的なことが大好きな、フィリピンの方々には珍しかったようで、どこでパーティーをやったのかと何人に聞かれた事か。「特に普通の日だよ」と返答するたびに、「why?」という疑問を投げかけられたのですが、友達がいないからという悲しいセリフも言えず、「そんなに重要ではないよ、誕生日はね。It's Japanese culture!」という嘘を交え、やり過ごしました。確かに、国籍問わず、誕生日はやはり特別な日であり、日本でも通常は誕生日を祝ったりするのが、普通なのかもしれません。

 但し、私個人としてみれば、誕生日という事で何か特別な事が発生したのは、せいぜい小学生高学年程度までで、実際その後は、特に平日と変わらず、通常の日という認識で過ごす癖がついてしまいました。以前のサラリーマン時代は、さらにそれが加速し、誕生日になった日に「あ、今日は誕生日か」と気づく始末で、どちらかというと、クリスマスや、バレンタインデーの類と似て、彼女もいなければ特に重要ではない日となってしまったのです。

 当時の私の持論としては、誕生日は全ての人に1年に1日設定されてるわけで、全員の誕生日を祝うとなると、会社関係、顧客様関係と常に誰かの誕生日ではないか、という何とも、誕生日が一つのタスクのような捉え方で、誕生日を祝うという事に対しては、非常に否定的なスタンスで生きてきてしまっていました。
 そんな時、私の誕生日だと知ってカラオケ屋のスタッフ、1曲ただで歌わせてくれると、サービスだと、(実際余計な御世話なのだが)マイクを渡されて、呆然としてしまった。そうすると、店員が今度はお前は歌わないのかと、ではお前のために、俺が歌ってやるとという展開になり、男のガラガラ声に感謝され、「Happy Birthday!!」。。。。
 こんな時に、どうやって感謝を示せば良いのだろう、今まで、自分の誕生日を意識してこなかった事を、初めて後悔した。 In the philippine 2015.でした。

Thursday, May 28, 2015

日本の競争力

成長鈍化の影響で

 スイスの国際経営開発研究所(IMD)が、このほど発表した主要61カ国対象2015年度版「世界競争力ランキング」では、日本は前年より順位を6つ落とし、27位となった。1位はアメリカ、2位が香港、3位以下シンガポール、スイス、カナダ、と続く。中国は22位で、お隣韓国は25位と前年より順位を一つ上げた。
 日本は、当該ランキングで平均寿命と外貨準備高は1位となったが、財政状態、移民政策、国民の外国語能力が最低水準と指摘されている。

 この類の調査報告、ランキングについて一気一憂するつもりは、全くないが大切なことは財政政策が最低水準と評価されていることである。これについては、注目するべき内容であると個人的には考えている。というのは、現安倍政権は、賛否両論あるものの何よりも経済復興優先するという、公約のもと、高い支持率を確保し現在に至るはずである、それが財政政策が最低水準とは、なんと酷い結果であろうか。サラリーマンであれば左遷である。単純に、評価が低いのみならず、恐ろしいのは、金融緩和で大量に紙幣を市場に供給し(金融市場へ)、その後トリクルダウン効果で実態市場にいきわたるのではなかったのか?このまま、金融市場ばかり膨らむと完全にバブルである、さらには円はもう強くはならない、つまり下がり続けるのだ。

  グローバル経済へ対し、競争力をつけるため、紙幣を大量に刷り、貨幣価値を下げ、結果として価格競争力を持つのではなかったのか。しかし、結果としては競争力は下がり、一部の輸出企業のみが恩恵を預かるような、経済に変えてしまった。確かに、何もせずとも日本は競争力を失っていく、仮にアベノミクスがなくても、あっても競争力は低下していくのも事実である。現在の政府のせいのみで議論するのも、不公平かもしれない。しかしながら、大切な事はシンガポールやマレーシア、香港などの新興アジア諸国、都市が今やアジアの中心となりつつあり、日本の存在価値というのが、今までのアジアの経済中心地として成り立っていた頃とは大きく変容している事にまず気づき、その上で日本という国がどう国際的に、役割を果たしていくのか?という観点が必要になってくる。

 つまり、中国が嫌いとか、韓国が嫌いとか、幼稚な感情論に振り回されていると、何も見えなくなる事を危惧しているのである。圧倒的な市場規模を持つ中国と経済的な連携を深めるべきであるし、電化製品、携帯では韓国がすでに日系企業より圧倒的なシェアを誇る、アジアに来れば一目瞭然である。私は日本の町工場が持つようなニッチな技術力、また建築技術、そういう中小企業が持つ、細かな技術や、仕組みこそ、クオリティーこそが世界に誇れると考えているが、現在、そのような中小企業はますます、厳しい立場にさらされている。
 
 私は営業である、自分の製品の本当の良い部分、そしてよくない部分を知って初めて、より効率的なマーケティングが可能になる、自社製品の分析が間違っていれば、売り方を間違う事になる。売り方を間違えれば、売れない、もしくは買われてしまう。買われるというのは、買い手の良い条件にて商売が成立してしまい、こちらの利益(Benefit )が薄くなってしまうという意味である。営業職風に言えば、今世界に対し、日本の売り方が間違っているような気がしてならないのだ。
  
 

Tuesday, May 19, 2015

貧困と経済成長は別問題

昨今注目されるフィリピンの経済成長

 観光資源は豊富で、まだまだ発展途上のフィリピンではあるが、最大のネックはインフラと貧困である。数値上の試算では今後も目覚しい、経済成長が期待されているところではあるが、実際の実態部分ではどう変化していくのであろう。勿論、未来を語る上で、確定的な事は何一つなく、現状より推測する他はないが、実態としてフィリピンが、今後どう変化していくのかは、個人的にも非常に興味のある事である。

 フィリピンのパラワン諸島が世界でも最も、美しい島という称号を得てもなお、観光立国としての称号はまだ、先は長そうだ。これだけの観光資源を抱えながら、安全性(セーフティー)の部分や、インフラ未整備、健康衛生、情報網未整備、各項目の順位が低く、日本が観光立国第9位に対し、フィリピン74位、タイが35位である事と比較すると、まだまだ、観光に関しても発展途上といえるだろう。資源のみでは、観光立国とは認められないという事で、そこまでアプローチする交通機関や、資源環境、情報環境、健康衛生環境などの整備がない限りは、なかなか前へ進まない。

 経済成長に関しても、全く同様の事が言える、インフラ関係の整備が進まないと土地価格等も思うように伸びていかないだろうし、それを期待している外国資本の投資も増えていかないだろう。はっきり言ってコンドミニアムに関しては、(完全に個人的意見です。)は飽和状態と言えると思う。月の家賃を値下げして販売される事例も散見するからだ、完全に供給過多ではないにしろ、さらなる根本的な社会資本の構築が必要となっている状況ではなかろうか。つまり、コンドミニアムの主要顧客の外国人に対する供給は過多であるが、ローカルフィリピンに対する住宅供給は需要増という、2つのマーケットが違う動きをしているのがフィリピン国内市場の現在である。
人口ピラミッド比較
 最も、経済発展の近道はフィリピンローカル人の底上げであり、ローカル中産階級の創出が一番の課題であろう。そのためにも、インフラ整備は非常に大きな効力を発揮する、現在迄のフィリピンビジネスモデル(就労モデル?)である海外にて就労し、フィリピン国内へ送金する旧然のスタイルから、国内での就労である程度の生活が営んでいける人々を創出できれば、非常に期待できる未来がまっているのではと勝手に期待する。

 但し、注意しなくてはいけないのは、貧困と経済発展とは意味が違う。当然だが、経済発展していくと貧困が減るというのは幻想である、全く別のものであるし、仮に今後フィリピンが目覚しい経済発展をしたとしても、富める者はさらに富み、中産階級が創出できたとしても、以前として多くの貧困層を抱えることとなるだろう。後は、国民が政府がどんな国のあり方を良しとするかの、倫理的な側面でしかない。つまり、社会保障制度のあり方でしかない。

 ふと、頭をよぎるアベノミクスである。株高を呼び込み、円安レートを誘導し、輸出企業に対し、大きな好材料を提供しているアベノミクスも同様である。つまり、数字のマジックである大手輸出企業の数字大きく伸ばせば、全体数に大きく影響する。全体数とは全体の数値であり、全体人間自体の個体数ではない。市場がシュリンクする中、株高を誘引すれば、今後も、企業間格差は広がり、人としての個人格差もさらに広がっていくだろう、そして日本も大きな貧困層を抱えることになるだろう。格差を埋めようとする、フィリピンと格差が広がっていく日本、対照的に見えてくるとまた違った世界が見えて来る。